2021年03月29日

【量子力学】目に見えない素粒子の存在を意識する

 

私たちは【目に見えるもの】を前提に生きています。

しかしそれがこの世界の全てではありません。

この世界には、【目には見えていないもの】の存在の方が圧倒的に多いのです。

 

例えば電波。

電波はそこらじゅうピュンピュン通っていますよね。

だけど目では見えない。

それは、電波のエネルギーが人の目では感知できないほど小さいから見えていないだけ。

だけど確実に存在しているものですよね。



人の感情もそう。

感情エネルギーは目には見えていないけれど、確実に存在して人に影響を与えています。

そのエネルギーは文章からでも〝気〟として読む人に伝わっています。

例えば先日のように私が落ち込んでいたら、同じくブログを書いている方が文章で楽しく笑わせながら私に元気のパワーを送ってくださいました。その人の笑顔とあたたかい〝気〟を感じることができ、ありがたく思いながら、今このように私のキーボードが唸りをあげています。笑

 

このように目には見えないけれど存在しているエネルギーとは【ミクロのもの】ですが、その【ミクロのもの】が宇宙や人に影響を及ぼしています。

量子力学とは、そんな【ミクロの世界】を研究したものなのです。

 

 

 

人間も素粒子の集まり


目で見えているもの、例えばそれは、人や木、石、車、傘…などなど、それらは「物質」という大きな塊です。

それら「物質」を小さく分解していくと「分子」「原子、原子核」「クォーク」の順に分解されていき、もうこれ以上分解できないという一番小さな単位は「素粒子」となります。

物質とは全てこの素粒子の集まりでできています。

 

また、物質だけではなく、光や電波も、はたまた、音(音楽)や人の感情、気(脳波)、なども素粒子が集まって組み合わさっているものなのです。

 

 


科学者の「粒・波論争」


素粒子とは1897年、イギリスの物理学者によって発見されました。

その後、20世紀の初め頃、素粒子が「粒子」なのか「波」なのか、学者たちの間で激しい論争が巻き起こりました。

 

論争?なんで?

…ってか「粒子」と「波」ってナニ?

 

という疑問しか湧かないこの論争のポイントは、

もし素粒子が「粒子」ならば、「粒」というところからイメージできる通り、形の変わることのない硬い性質です。

もし「波」ならば「波紋」をイメージするとわかる通り、影響を受けるとその形を変えたり、それが伝わっていったりする柔軟な性質です。

この2つの性質は、まったく相反するものなのです。

 

テクノロジーの進歩した現在では、このような人の目では見ることのできないミクロの世界の動きもコンピューターグラフィックス化して画面上で見られるのですが、当時の科学者はおもに光を用いての実験と想定から導き出される答えを組み合わせて「粒派」「波派」が互いの主張を激しくぶつけ合っていたのです。

ちなみにアインシュタインは当時、鼻息荒い「粒派」でした。

 

 


量子を制するものは人生を制する?


この論争は、研究・実験を繰り返された後、決着がつきました。

結果、素粒子とは「粒」と「波」両方の性質を持っている、ということがわかったのです。

「真実はいつもひとつ!」とコナンくんばりに一歩も引かなかった「粒派」「波派」の科学者たちも、この結果には脱力。

 

とにもかくにもその時から、「粒」「波」両方の性質を併せ持っている極小のものを「量子」と呼ぶようになりました。

 

さてこの量子、人の脳波もそれの集合体だと先に述べましたが、「粒でもあり波でもある」とか、わけのわからんことを言ってるところからも分かる通り、私たちの常識からは想像もできない性質を持っているものだったのです。

 

というわけで、この続きは次回に。

 

ではまた〜!



2021年03月29日 | Posted in オカルト | | Comments Closed 

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