2017年04月21日

【手相】仏眼相をもつ私の身に起きた奇跡。

仏眼相の奇跡体験

それは先祖の加護なのか?私の奇跡体験。


仏眼相とは親指の第一関節に目のような模様ができる相です。私は両手にあります。
これがその画像です。

仏眼相

この相をお持ちの方はけっこういらっしゃるようですね。

この相の意味は

  • 霊感がある。
  • 家族縁が深い。
  • 先祖からの守護が強い。
  • 九死に一生を得る体験をする人もいる。

などなどなど。

私の場合は上記全て当てはまります。特に「九死に一生を得る」に関しては、幼少の頃私に起こった出来事が当てはまると思います。

10tトラックにひかれても死ななかった私の体験です。

私は現在は関西の某県の市内に住んでいますが、小さい頃は県下の田舎の小さな村に住んでいました。村の住民がみんな顔見知りという小さな村です。そこで両親は商売を営み、その商売は繁盛していて、両親は一日中店の切り盛りに大忙しでした。

その店の前の道は車幅が広くなっていて車が駐車しやすくなっていました。その日、当時2歳の私と2つ違いの姉は2人で店の前で遊んでいたそうです。その時その道の端に10tトラックが停まっていました。私はそのトラックの後部タイヤの後ろでしゃがんで遊んでいたそうなんです。ほどなくしてトラックは動き出し、私はバックしたトラックの後ろタイヤ、前タイヤの順に全身をひかれたのです。

これはトラック運転手の安全確認不行き届きはもちろんですが、幼い子供だけで危険な場所で遊ばせていたうちの両親の過失でもあります。その自責の念からか両親は私にこの話をいっさいしませんでした。

幼い頃そんな事故に遭っていたことを私は周りの大人から聞くことになります。小学生の頃両親の店に入っていくと居合わせたお客さんから「あ、ここの娘さん?大きくなってるんやなぁ。」と言ったあとで私が2人姉妹の妹の方だと知ると「え…?じゃあ、この子あの時の子か!?」と決まって絶句されるのです。

「あん時はほんまにえらいことやったなぁ。…で、今どっこも悪いとこないの?
はぁ〜〜、なんとまぁ…そんなこともあるんやなぁ…。」

何十人の大人からまったく同じ言葉を、何十回聞いたことでしょう。私は普段は会う事のない周りの大人が、私の成長した姿を見て言葉を失ったり感嘆の声をあげる様子を見て、両親の語りたがらない事故のその惨状は、実は相当グロかったのだと理解させられました。

なにせトラックの下にはドクドクと流れる血の池に横たわる幼児、特大タイヤにひかれて変形した私の顔のその口は、目の横にあったのですから・・・。

しかし私のプロフィール画像を見てもらえばわかる通り、今の私の口は普通の場所にあります。笑(追記:申し訳ありません。プロフィール写真はイラストに変更しました。2019年2月)

これは整形手術をしたわけでもなんでもなく元にもどろうとする自然の力だけで戻ったものなんだそうです。

そんなわけで、10tトラックにひかれて目を覆うばかりの姿になった私が、五体満足でどこにも不自由がないことはおろか(なぜ骨は粉々にならなかったんだろう?それほど幼少期の骨は柔らかいのか??なぜ内臓は、眼球は、破裂しなかったのだろう?)死なずに生きていることさえ、当時の医者にも「奇跡」としかいいようがなかったのです。

仏眼相 先祖の霊に守られる

仏眼相の霊感は先祖縁、家族縁との関係が深い。


霊感に関してはある方だと思います。霊を見る事ありますしね。でもそれは亡くなった先祖だったり、親族限定で、いつもほっこり温かい心になる体験ばかりですね。他人の霊は見た事がありません。

だからこの仏眼相は先祖縁・家族縁の深い霊感のある人に出るものだ、と…、これもう言い切っちゃっていいんじゃないの?!って私は思ってたんですが、調べてみると仏眼相を持っていても霊感ゼロっていう人も多いんだそうですね。へぇ、そうなのかぁ…。

あ、霊ってね、見た事ある人はわかると思いますが、本当に生きてる人間と変わらないくらい「リアル」なんですよ。うろ覚えなんですが以前テレビである芸人さんが1人で自室でくつろいでいたところ、顔から全身血みどろの女性の霊がスッとふすまから現れたそうなんです。彼はその女性の姿を見た瞬間「アカン!救急車呼ばなっ!!」と、とっさに携帯電話を探したんだそう。

…それよくわかるなぁ笑。あまりにもリアルなので霊だとは一瞬思わないんですよね。で、次の瞬間、あれ、まてよ?って思う。そんなもんなんです。笑

亡くなった先祖の霊は、本当にお盆に帰ってくる!


あと、お盆ってご先祖様の霊が家に帰ってくるっていうじゃないですか?アレ本当なんですよ。私お盆に亡くなった父方の祖父がお墓の方向から家に帰ってくるのを母と一緒に見たんです。

私がまだ中学生だった頃のあるお盆の事、私たち家族は三重県にある父方の実家にお墓参りに行きました。昼まだ明るい時間のことでした。お墓参りも終わり、私と母は父の実家の玄関のとなりの部屋で休んでいました。その部屋には掃き出しの窓があり、窓は全開にされていました。その掃き出しの窓の先には庭がありました。私と母がぼんやりその庭の方を見ていると、ふとその目の前を玄関の方に向かって男の人が自転車に乗って右から左に、スーっと通っていったんです。

誰かがこの家に尋ねて来たんだなぁ〜、とだけ思って、私はその自転車で来た人がこの家の玄関の前で発するであろう、「こんにちは〜。」の声を無意識に待ちました。ところが待てども「こんにちは。」の声も玄関を開ける音もいっこうにしない。私が不思議に思っていると、先に口火をきったのは母の方でした。

「…今誰かここ通らんかった?」と母。

「うん、自転車でやろ?通った…」と私。

そう口で答えながらやっと、私の脳が徐々に現実をとらえ始めたんです。その庭は玉砂利が引き詰められていて自転車をこげる状態ではないこと、そもそも庭を自転車が横切っていくのはおかしいということ、そして、その自転車がまったくの無音であったこと…。

それから母と私は今見た人物の服装を確認し合いました。麦わら帽子をかぶって真っ白いステテコはいて自転車こいでる老人…

「それって、死んだおじいちゃんやん笑!!」

私たち母娘は同時にそう確信しました。それは死んだ祖父が生前よくしていたかっこうで、「おお、マサノリ(私の父)よう帰ってきたなぁ〜!」と自転車に乗って畑から帰ってきて笑っていた、温厚な祖父の姿そのものだったのです。

そして、祖父の霊が私たちの右手からやって来た意味も即座にわかりました。祖父の家のその方向、数十メートル先が、祖父が土葬されているお墓だったからです。

それにしても、おじいちゃんあの世でもそのかっこうしてるんだ、、、笑。あの世なんてなんでもアリの精神世界なんだからパリッといい服着ててもいいんじゃないかと思うんですが、そういうのないんですかね?笑

その夏、私たちと亡くなった祖父は、あの世とこの世、互いに変わりなくいい感じでやってることがわかり合えたような…心がほっこりとしたお墓参りとなりました。

というわけで、お盆にお墓参りすることや帰省する事って慣例化してるだけのようであって、やっぱりかなり意味あることみたいですよ。行くことでご先祖様が確実喜ぶ、そしてそれはそのまま生きてる我々の「徳」となって返ってきます。

ご先祖さまは死後も我々とずーっとつながってるよって話でした。

手相記事、もっと読んどく?

▼“全国男運悪い選手権【既婚者の部】”では上位入賞間違い無しな筆者。
「あら奇遇ね、私もよ。」って人は読んでみて。

2017年04月21日 | Posted in 手相 | タグ: , Comments Closed 

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