2021年09月20日

【父の死】コロナ禍における病院への不信感〜ってか、逆に覚悟が決まったワ!の巻〜

 

大好きだった父の死


この夏起こった異常体験から脱出し、やっと安堵できたかと思った矢先のこと、今度は姉から切羽詰まった電話がかかってきたんです。

「しらす、お父さんの心拍数が下がってる!もうあかんかもしれん!!

お父さん、しっかり、しっかりして!!

しらす、早くきて!!」

 

父は2年前に脳梗塞を患い、今は寝たきりとなっており、そんな父を実家で介護してきました。その父の容体の急変を知らせる電話だったのです。

うちの実家には父と母、姉(旦那さんとは交通事故で死別している)と、その長男(30歳)、長女(27歳)が住んでおり、私はそこから車で10分のところに住んでいます。

「わかった!今すぐ行く!!」

電話を切り、私は車に乗り込みました。

 

「待って、お父さん、逝かないで!

私が行くまで、10分だけ、10分だけ待って!」

 

運転中、そう心で叫びました。

 

実家に着くなり靴も脱ぎっぱなしで玄関に上がり、父の寝ている部屋に飛び込みました。

「お父さん、しらす来たよ!わかる?しらすだよ!」

目がうつろに開き、口も半開きになっている父の頬をなでながら必死に声をかけました。

だけど、すぐに様子がおかしいことに気がつきました。

父の頬も、体も、氷のように冷たい…

 

ハッとして、ベットの横に立ち尽くしている姉の方を見ました。

姉は黙って首を横に振りました。

 

私は、間に合わなかった…

 

 

父は享年86歳でした。

2年前に脳梗塞で倒れた時、左半身が動かせなくなりましたが、その時はまだ父も「元の体に戻りたい!」と、リハビリに意欲的でした。

しかしそんな最中、自宅で転倒、股関節を骨折。それが原因でさらに全身が動かなくなり、言葉も喋ることができなくなりました。

で、その骨折の時、救急車で搬送された病院が最悪だったんです。

 

最悪な病院


今はコロナ禍。

病院では部外者シャットアウトで、家族もお見舞いに行くことはできません。そんな中、父は看護婦さんからいじめに遭っていたんです。

 

看護婦さんは、体が思うように動かせない父の前に食事をポンと置きました。父がなんとか不自由な体で食べようと試みるも一口も食べられないでいると、その様子を見て「食べないの?」と言いながら、さっと食事を引いて持って行ってしまうのです。

排泄物はまともに拭いてもらえず(汚い話ですみません。)、父がきちんと拭いてほしいと訴えると「自分で拭けば?」と言い放たれたそうです。

姉の子供たちは「おじいちゃん、入院生活、頑張ってね!」と父に手紙を書き、看護婦さんに手渡しました。しかしその手紙は父の元に届けられることはありませんでした。

 

コロナ禍での介護施設対策


全国の看護婦さんは大変な激務の中、誠意をもってやってくださっています。が、やはり当たりハズレは、あります。
コロナ禍の家族完全シャットアウト状態の中ではとくにね。

まぁ、父が搬送された、こんなひどい病院は論外として。

 

うちの夫方の祖母の場合は痴呆のため徘徊がひどく、最後は介護老人ホームに入所したんです。

で、その頃はコロナではなかったので義母は週末になると、介護施設に出向いて祖母と頻繁に会っていました。

するとね、家族が「しょっちゅう訪ねて来る人」と「訪ねて来ない人」に対する介護士さんの態度が違うらしいんです。

今はコロナ禍のため、入所されているご家族と直接会えないところが多いと思います。

でも介護施設に対して家族側が、なにかしらの「父や母のこと、気にかけていますよアクション」を意図的に繁盛に起こしておくことは、入所されている方の快適度の高さに繋がるな、と思いました。

 

覚悟とバッチリなタイミング


で、その最悪な病院から退院した父はガリガリにやせ細り、「まるで地獄のようだった」と悔し泣きしました。

その父の姿は、私たち家族を発奮させるのに十分でした。

私たちは覚悟を決めたのです!

父がどんな状況になっても最後の最後まで自宅で、家族全員で面倒をみるという覚悟です。

私はおもに昼間の介護を、母と一緒に担当し、勤めのある他の家族は夜を担当することになりました。

が、老いゆく体の苦しみに「しんどい…しんどい…」と訴え続ける父。一緒に住んでいる家族たちへの重圧はキツく、次第に介護疲れで気力と体力が奪われていきました。

ここから先は、介護する側される側、双方にとってイバラ道でしかない…

そう思っていた矢先の、父の天国への旅立ちでした。

タイミング的にはもうバッチリ。

みんなで介護をやりきった感があり、亡くなったとわかった瞬間、私は悲しみではなく安堵の心に包み込まれ、

「お父さん、良かったね、やっと楽になれたね。今までありがとう…」って、

全てのことに感謝の念しか、うかばなかったです。

 

父親っ子だった私


私は昔から父親っ子で、父のことが大好き。

お茶目な性格で冗談がシャレている。その上、物知りでカッコいい父。

 

でも若い頃、お母さんに対して甘えてズルいところがあったのは、…ギリギリアウトだったと思うけどね。笑

 

 

お父さん、

あなたは死期が近づくにつれ、急速に子供返りしていく中、それでも痴呆と正気のはざまで「(家族に)わがまま言うたらあかん、あかん…」って繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせていたね。

 

すごいよ、お父さん。

私はあなたを尊敬する。

私のお父さんでいてくれてありがとう。

安らかに眠ってね。

 

以上、父の死の話でした。

 

ではまた〜。

 

2021年09月20日 | Posted in 家族 | タグ: Comments Closed 

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